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広島市はいま、子ども条例(子供の権利に関する条例)の制定を進めています。これに対し、多くの教育関係者や保護者団体、市民団体が「反対」の声をあげています。

 子ども条例素案には、たとえば「遊ぶ権利」や「自由に意見を表明し参加する権利」などが規定されています。また「愛情をもって育てられる権利」など、本来、親や社会の責務であることが子供側の「権利」となっています。市は子供の権利について「積極的な啓発」を行うとしています。

憂うべき子供の現状

 私たちは子供の幸福と同時に、子供が幸福に過ごせる国、社会であることを強く願っています。日本の国においてはこれまで、人々は高い道徳観、規範意識、奥ゆかしさを美徳とする精神性を備え、治安に優れた秩序ある、たおやかな社会を築いてきました。法や規制によらずとも自らを律することのできる国民性は諸外国から信頼され、羨まれてもきました。

 そういった精神性の涵養は親、学校、地域の、しつけ・教育のたまものです。私たちの持つ道徳観や規範意識は決して義務感からではなく「そうあることが貴い生き方である」と考える「美意識」に基づいています。

 しかしいま、そんな日本の社会も明らかに乱れつつあります。文部科学省の発表によると、小・中・高生の暴力行為は3年連続で増加し、低年齢化の傾向にあります。いじめは陰湿化し、自殺も起きています。学級崩壊も後を絶たず、国民の多くは心を痛めています。

条例は子供の育成を阻害  

将来の社会を築くのは子供達です。精神的に未成熟であり、判断力に乏しい子供に対するしつけ、教育には、ある種、強制をも含むねばり強さが必要です。子供の将来を思い、子が親となり形成する社会が健全であることを願うとき、子供に対し厳しく接しなければならない場面 もあるでしょう。子供の権利をことさらに強調することは、しつけ、教育を困難にし、家庭や学校を混乱に陥れ、子供の健全育成を阻害するものと考えます。

 また「権利」ということに関しては、人は皆、社会生活を営む上で、自らが有する権利を自ら「抑制」し、他の人たちと協力、協調して生きています。仮に、個人個人が強硬に権利を主張するならば、社会秩序は崩壊するでしょう。権利をタテに自らの幸せを求める人間が、果 たして社会で、企業で通用するのでしょうか。

 しかし、世の中には道徳教育について「子供の内心を侵す」と主張し反対する組織もあります(子ども条例には賛成)。また外国には「権利主張」がお家芸で「訴訟社会」と呼ばれる国もあります。そういった考え方の存在を否定は致しませんが、「条例制定」に反対する多くの方々のご意見からは、日本に暮らす大多数の人たちが規律正しく、たおやかな人間形成、社会形成を理想としていることは強く確信できるところです。

 条例の内容や運用についての問題点もさることながら、「子ども条例」は親の願いや「美意識」といった極めて繊細な領域に土足で踏み込み、一方的な価値観を押しつけるもので、強烈な違和感を禁じ得ません。条例賛成、反対の議論は、現実には「イデオロギー論争」の様相を帯びてしまっています。制定をめぐり市民に思想論争が生じるなど招かざる事態であり、条例化には全くそぐわない性質のものです。広島市がそういった親の繊細な感覚や状況を意識していないとすれば鈍感で乱暴な話です。認識しながらなお制定を進めようというのであれば、何か別 の意図があるのかと疑問視せざるを得ません。

 「広島市子ども条例」に類似する条例制定の動きは全国でもみられ、大論争を巻き起こしています。議会での否決や、大幅な修正(権利条例ではないものに)に至った自治体もあります。法律、教育の識者からは「条例に適さない」「家庭、学校の崩壊を招く」など多くの問題点が指摘されています。「子ども条例」は子供の人格形成を損ない、家庭や社会を歪めるものであると考えます。

 子供達を守り育むのは権利を謳った「制度」ではありません。私たち教師と保護者は、子供の幸せと未来のために手を携え「広島市子ども条例」制定に強く反対するものです。